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問合せ番号:m005

小学生向けの防災冊子のためのカットイラスト、その5

「地震発生時の危険な場所(屋内編)」の図

防災17-1

問合せ番号:m004

小学生向けの防災冊子のためのカットイラスト、その4

「地震時の危険な場所(屋外編)」の図

防災19-1

問合せ番号:m003

小学生向けの防災冊子のためのカットイラスト、その3

「図書館は危険!」の図
「家族で避難場所を確認しよう」の図
「運転中も慌てずに」の図
「屋内退避時は食べ物にラップ」の図
「ボンベは元栓を確認」の図

防災21-2

 

防災40-2

 

防災38-2

 

防災33-5

 

防災24-3

問合せ番号:m002

小学生向けの防災冊子のためのカットイラスト、その2.

「階段ではその場でしゃがもう」の図
「屋外では上からモノが落ちてくるので気をつけよう」の図
「エレベーターでは慌てない!」の図

 

防災21-3

 

防災20-1

 

防災41-1

問合せ番号:m001

小学生向けの防災冊子のためのカットイラスト。

「洪水や床上浸水」の図
「倒れる家具に注意」の図
「キッチンでも慌てず対処」の図

 

防災35-2

 

防災K_0

 

防災42-1

先日、「目につくモノに興味を示す」という娘の習性に気づいたボクは
それを利用して、彼女がなかなか興味を示さなかったキックバイクにまたがらすことに成功した。

久々にキックバイクにまたがった娘は、ほんの数秒でグラグラ不安定なこの乗り物から興味を失ってしまった。
興味を失ったというより、どうしていいかわからなかったんだろう。
またがった、グラグラする、進めない、降りる。
至って自然なプロセスだ。

ふふふ、これでいい。
ボクにはとっておきの「策」があったのだ。

大学や専門学校で20歳前後の若者を教えていて培ったノウハウのひとつ、
必殺!「くりかえす」
僕たち大人でもそうだけど、なんでも繰り返すと結果につながる。
ウォーキングでも、カロリーコントロールでも、早起きでも、ペン字でも
繰り返すことで自分に変化を起こしてくれる。
ちなみに今挙げたモノはすべて最近自分で繰り返してみたもの。
もちろん効果あり。

ってことで、キックバイクを降りた娘にとって大切だったコトは
「明日もまた乗る」ってコト。それだけ。
そして、次の日もその次の日もボクは彼女の目に付くところにキックバイクを設置してから、
彼女を外に連れ出した。

・・・一週間後。

思ったよりずっと早くその時は訪れた。
グラグラを楽しみ、フラフラを怖がらず、ツイツイーと滑るように進む娘の姿。
揺れる、踏ん張る、片方だけ踏ん張ると反対に倒れる、後ろに蹴ると前に進む、足を離すと倒れそうになるが上手く乗れると足を離したまま進む・・
この数日でその身体には様々な経験が蓄積されたはずだ。
たいていの事は繰り返せば身体が無意識に覚える。

楽しくない事は続かない。
まず、楽しめるように工夫する。
楽しいから続く。
そうすると、しらないうちに「出来る」ようになる。
いや、コレほんと。

できない子供たちにガミガミ言う必要はない。
興味が向くように、仕向けて、続くように楽しませてあげたらいい。
そのための知恵を僕たち大人は持っている。

おしまい。

キックバイク すい〜

先日イヤイヤ期を終え4歳になった娘は、ちょこちょこ「ガマガマ」をかましてくれるものの、割と平穏な日々が続いている。
「ガマガマ」とは彼女いわく「わがまま」のコトだ。
こう平和になってくると、子供の行動を見守っていても楽しい。
あっちでアレやってたかと思うと、こっちでコレ始めて、もうそっちに移動して、見てる間に散らかり放題・・。
アルゴリズム的に観察してみると、目につくモノに反応して、手にとって、目線が移って、違うモノを見て、またそれを手にとって、の繰り返し。

「!」

ふふふ、久々にひらめきましたよ。
そうか、君、目につくモノに反応するのだね。

ある朝、娘が保育園に行く前のほんの10分、フリーな時間を設けることにした。
そして子供の目につくところに「キックバイク」をさりげなく置いて彼女を外へ誘い出す。
キックバイクとは、子供用のペダル無し自転車のこと。
コレに乗っておくと、補助輪無しの自転車に乗るのが楽だろうと思い、以前与えてみたものの
またがった彼女はいきなりグラグラするこの不安定な乗り物に難色を示し、以来コレに触れることは無かった。

しかし

彼女がそのキックバイクの近くを通り過ぎようとした時、壁をすっていた手がハンドルに当たる、
手が自然にハンドルを握る、
もちろん、彼女の進行方向を予測して設置していたので、あとは足をまたぐだけで乗れるこの上ない体勢、
彼女がコチラを見る、

「のってみよかなぁ」

きた!まさに今、目につくモノに興味を示した彼女はあのキックバイクに再びまたがったのだ!

そして グラグラ、グニャグニャ、グラ〜リ、グララ・・

あ、降りた・・・。

以前、一回だけ乗ってみたあの時と同じだ。
乗ってはみたものの、グラグラして一歩も進まず、降りた。
その間、約30秒・・・。
こうしてせっかくの朝のフリータイム、残り9分30秒はママゴトに終わる。

しかしこの時、ボクにはもう一つ「策」があったのだ。

つづく。
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明けない夜はないんだな。
シェイクスピアばりに劇的な変化が我が家に訪れた。
そう、娘の「イヤイヤ期」が終焉を迎えたのだ。

「魔の2歳」という言葉は知っていた。
しかし、その上位にあたる「地獄の3歳」は知らなかった。
でも、本当にあった。まさに地獄の1年・・。

悪魔の襲来を恐れ、妻と肩を寄せ合って怯えた日々。
様々な貢ぎ物も効果無く、ただただ悪魔のなすがまま・・。
時に顔面を蹴られ、時に仕事の予定を狂わされ、時に息子まで巻き込んで
夜な夜な行われた夫婦国際対策会議も決定的な対策を見つけるに至らず。

身も心も疲れ果て、
いっそこのまま自分も悪魔になってやろうかしら、なんて衝動にも駆られつつ。
引きずり回した日もあった。投げ飛ばした日もあった。
それでも、最後は抱きしめた。
何かメッセージがあるはずだ・・。
ワガママも成長の証だから・・。
大人の都合で考えちゃだめだ・・。
よし、そうだ!ガンバ!マサヒコ!
もっと大きくなってやる!
顔面キックも笑顔で受け止められる大きな大人になってやる!!!

明けない夜はないのだそうです。

ああ、神様、その時が来たようです。
娘が毎日楽しそうに、バッタのように飛び跳ねています。
僕たちを気遣ってくれます。
言うことを聞いてくれます。
もちろん毎回ではありません。
ちっちゃなワガママは健在です。

知ってますか?
ちっちゃなワガママって可愛いんです。 ふふふ。

おしまい。

明けない夜はない。

小春日和の休日、近所のショッピングモールに用事があったので家族で出かけた。
本当はどこか屋外で遊べるところへ「おでかけ」したかったんだけど
いろいろ重なってしまい、とにかく買い物だけ済ませるという割と実務的な時間の使い方となった。

屋上駐車場に車を駐めて、エレベーターに向かう。
無駄にぴょんぴょん飛び跳ねる子供たち。
割とよくある光景に

「あぶないよ!、ちゃんと歩きなさい!」

と、言いそうになったけど、な〜んとなく彼らの気持ちを想像してみた。
・・・・
今日はいつもより余計にぴょんぴょんしてる気がする。
何かが、楽しいのか?
楽しくなかったらこんなにぴょんぴょんしないもの・・。
何が楽しいんだ?
屋上駐車場で、せっかくの休みに親の買い物に付き合わされて
おもちゃを買ってもらえる訳でもないのに・・・。

歩きながら、そんなことを妻に話したら、

「そらそうやん、久しぶりに4人で歩いてるんやもん」

 !・・・なるほど、「4人で居る」それさえ一つのハッピー。

自分のおもちゃを買いに来たわけでもなく、遊園地に来たわけでもないのに、4人でいるだけでぴょんぴょん跳びはねたくなる。
確かにそんな家族でありたいと思っている。
いや、しかし、ホントにそうなってるんだなぁ・・。

嬉しさと同時にハッとした。
危うく彼らの気持ちに気づかずに「注意」してしまうところだった・・・。
大人から見たら、不用意、不注意、無駄に見える事でも
それは彼らの「こころ」や「きもち」の表れかもしれない。
「不安」「緊張」「満足」「寂しさ」「幸せ」、
彼らは常にいろんなサインをいろんなかたちで出している。
そこに気づけるかどうかって意外と大切なんじゃないだろうか?

「そうかぁ、嬉しいんかぁ」

小春日和の休日、近所のショッピングモールの屋上で、なんだかとっても大きな幸せを感じた。
エレベーターまではもうすぐだったけど、
子供たちの手をとって、ちょっとだけ一緒にぴょんぴょんしてみた。

おしまい。

ぴょんぴょん

息子が小学校入学した頃からボクが気をつけ始めているコトがある。

1年のうちは、おぼこかった息子も
2年になるとメキメキ成長し、体格や行動の変化を実感する毎日。
親の心理としては、立派になっていく子供を嬉しく思う反面
家の外ではいったいどんなコトをしてるんだろう?と疑問や興味がてんこもり。
ついついアレコレ聞いてしまうのが親心ってもんだ。

共働きが多いご時世、ウチも類に漏れず夕方から夜はバッタバタ。
親子がゆっくり話ができるのは、良くて夕食時か入浴中だけ。
きっとトータル1時間も無いんじゃないかな。
この貴重な時間に親は、ここぞと「質問」してしまう。(愛ゆえに・・)

親の「今日、外で遊んだん?」なんて気軽な質問に
子供はたどたどしく答える「うん」
親:(うんって?どこで?だれと?何したんよ??)
親はまた「質問」したくなる。「どこで??」と。
これを3回ほど繰り返すと、「質問」は「尋問」に変わってしまう。orz
(恋人同士で言うならこれが「束縛」って状態だろうか。)
こうして子供は、親の愛ゆえの質問を「うざい」と感じるようになる。

ボクはこの時期の親子の距離感が、思春期にかけての親子関係の土台になってしまうんじゃないかと考えている。
つまり「親に話すと面倒臭くなる」って思われたらアウトなんだ。
親は子供に質問するとき、ついつい自分の欲しい答え全てを望んでしまう。
これは極端に表現すると、「親の不安を解消するための尋問」であって、
子供にとって「楽しい会話」ではない。
親が気持ちをぐっとこらえて質問をホドホドにしておくと、
子供は次の日もちゃんと答えてくれる。
こうやって、毎日少しずつ集めたパズルのピースを組み立てれば、
自然と子供のことを理解できるようになるし、聞かなくてもわかるようになる(はず・・)

ウチはヘタすると、夫婦でマシンガンのように息子を質問攻めにしてしまいそうな時があるけれど、「質問攻め」は基本的にお母さんに多いんじゃないかと思う。
お母さんは共働きとはいえ家庭中心に毎日を過ごしているから、いろんなことが気になっちゃうもんね。

お母さん、質問はホドホドに〜。(^^)/

ホドホドに。